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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)4581号 判決

原告

有限会社芦屋学院

右代表者代表取締役

寺崎武彦

右訴訟代理人弁護士

池口勝麿

右同

峰島徳太郎

被告

株式会社志学塾

右代表者代表取締役

濱田雅義

被告

濱田雅義

被告

松本善郎

右三名の訴訟代理人弁護士

野口善國

主文

一  被告濱田雅義及び同松本善郎は原告に対し各自一〇五八万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社志学塾に対する請求並びに被告濱田雅義及び同松本善郎に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告濱田雅義及び同松本善郎の連帯負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告株式会社志学塾(以下被告会社という)及び被告濱田雅義は兵庫県芦屋市において小学生、中学生及び高校生の学習塾の経営をしてはならない。

2  付帯請求の率を年六分とする外、主文第一項同旨

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行宣言。

二  被告ら

請求棄却、訴訟費用原告負担の判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  有限会社芦屋予備校の紛争

(一) 奥野光太郎は、昭和五七年二月一日有限会社芦屋予備校(以下芦屋予備校という)を設立し、家族を取締役として、小・中・高校生の受験塾の経営をはじめたが、手元資金が少なく街の金融業者からの借入金が多くなり経営が苦しくなった。そこで奥野は被告濱田より金融をうけてこれらの借入金を返済したが、被告濱田からの借入金が約八〇〇〇万円余に達したため、昭和五九年五月頃自己の芦屋予備校に対する出資持分(総出資口数の八〇パーセント)を被告濱田に対し譲渡担保とした。被告濱田は取締役に選任され、代表取締役に就任し同年五月八日その旨登記をうけ、奥野は代表取締役を辞任し、被告濱田は芦屋予備校の理事長の肩書をもって同予備校の経営をはじめ約一年が経過した。

(二) その後昭和六〇年四月新学期にあたり、芦屋予備校では総会を開催し被告濱田を解任し山崎聖玉が代表取締役に就任し、被告濱田に対し同予備校の経営権の引渡を求めたことから紛争が発生し、被告濱田は右山崎の職務執行停止、職務代行者の選任を求める仮処分申請を申立て、神戸地方裁判所尼崎支部昭和六〇年(ヨ)第九七号の仮処分決定をもって右申立は認可され萩森守が職務代行者に選任された。

2  営業並びに商号譲渡契約の成立

ところが、右仮処分事件係争中に、当事者間に和解のきざしが出て、芦屋予備校の営業を第三者に譲渡し、譲渡代金を当事者間に分配することとなり、原告代表者に対し芦屋予備校の営業買受けを求めて来た。

原告代表者はかねてより子弟が同予備校に世話になった関係上、再三の懇請を断りかねて同年九月二一日営業譲渡契約を締結するに至った(以下本件営業譲渡という)。本件営業譲渡契約の内容は左記のとおりであった。

この契約締結には被告濱田が立会した上、代金決済にも同被告が立会することが特約条件とされた。

(一) 目的物

芦屋予備校の営業全部を商号と共に譲渡する。

(二) 代金

金一億六二〇〇万円也

(三) 目的物の権利移転の時期

昭和六〇年九月末日代金決済と引換に実行する。

(四) 仮処分事件

右決済日までは和解調書を作成する。

(五) 業務引継ぎ日

昭和六〇年一〇月一日

(六) 従業員の引継ぎ

買主は売主が雇用している教職員、事務職員を同一条件で引継ぐ。

(七) 特約

代金の授受は被告濱田の立会の上で行なうこと。

(八) 売主 芦屋予備校

代表取締役 山崎聖玉

(九) この契約は前記仮処分事件和解成立を停止条件とする。

3  営業譲渡契約の決済

本件営業譲渡の契約については約定どおり和解が成立し、約定決済日にとどこおりなく代金決済が行なわれ、被告濱田はこれに立会して自己の貸付金中八五〇〇万円を回収した上、学校経営の引継ぎや旧債務の支払業務の確認などの精算事務を完了した旨の確認書にも立会署名した。

4  被告らの行為

(一) 被告濱田は本件営業譲渡の代金決済後四カ月頃に被告志学塾(以下被告会社という)を設立し、被告会社は同一市内で、一〇〇メートル余の場所に、譲渡人たる原告所属の三人の教師のうち中心となる優秀な被告松本を含む二人を引き抜き、原告と同一の営業を目的として学習塾を開業した。

(二) 被告松本は芦屋予備校時代から小学生の部の中心的教師であり、原告が雇用契約を引き継いだものであるが、原告の従業員でありながら、昭和六一年二月中旬頃「志学塾・塾長松本善郎」の名刺とパンフレットを原告の学習塾小学生の部五、四年生徒及び父兄に配布し、生徒に対しては他に秘密にするよう指示して被告会社の塾生募集活動をなし、同月二一日には被告会社の新校舎内に四年生の父兄を集めて塾長として説明を行った。

5  差止請求について

(一) 被告濱田は芦屋予備校の営業を芦屋予備校に対する貸金の担保として把握していたが、昭和六〇年九月三〇日被担保債権全額の弁済を受けたため、右担保物は芦屋予備校に返還すべき義務が発生した。この場合「営業の返還」は「営業の譲渡」の場合と同じく、返還後に競業をされたのでは返還の実効を納めることができないので、商法第二五条が類推適用さるべきものである。従って被告濱田は芦屋予備校に対し競業避止義務を負うこと明らかである。

(二) 担保権設定中の営業を第三者に売却した売主が、担保権者からその全部を受戻すことが出来なかった場合、買主と担保権者との間には通常何らの法律関係が発生することなく、買主は売主の債務不履行責任を追及し得るにすぎない。

しかし、本件の場合は、次のいずれかの原因により買主たる原告は担保権者たる被告濱田に対し直接の競業避止請求権を有する。

(1) 原告と被告濱田との間の直接の営業引渡約定について

被告濱田は昭和六〇年九月二一日原告に対し直接本件営業の引渡を約し、同年九月三〇日現実にこれを実行した。よって、原告は同被告に対し右引渡約定に基づく営業引渡請求権の権能の一つとして本件競業避止を求める権利を有する。

(2) 芦屋予備校と被告濱田との間の第三者(原告)のためにする営業引渡契約について

本件の場合、担保権者たる被告濱田は自己の貸金債権の完全回収の便宜のため、担保物を債務者に返還せず、本件営業の現実の引渡しは昭和六〇年九月三〇日買主たる原告に直接実行することを主張し、芦屋予備校はこれを承諾した。

これは結局、被告濱田の貸金回収の便宜のため、債務者と担保権者との間に原告のためにする営業引渡契約が成立し、原告は受益者として右期日に目的物の引渡を受けたものである。

よって原告は被告濱田に対し、右第三者のためにする契約の受益者として本件営業引渡請求権を有し、その権能の一つとして本件競業禁止請求権を有するものである。

(3) 芦屋予備校の担保物返還請求権の存在並びに代位行使について

被告濱田は昭和六〇年九月三〇日貸金の全部の弁済を受けたので担保の目的たる本件営業をそのまま全部を芦屋予備校に返還する義務を負うに至った。「営業の返還」は「営業の譲渡」と同じく、引渡後に競業されたのではその実効を納めることは不可能であるから、営業の担保権者がこれを返還する場合も商法第二五条が類推適用さるべきものであること前述のとおりである。

よって芦屋予備校は被告濱田に対し営業返還請求権の権能として本件競業の禁止を求める権利を有するものであるが、同社はこれを行使せず、そのため原告は自己の権利を保全するため芦屋予備校に代位して被告濱田に対し直接競業の禁止を求めるものである。

(4) 被告濱田は営業譲渡人たる債務者兼担保権設定者に目的物を返還すべき義務を負うことは明らかであり、且つ同被告は返還と同時に買主たる原告に全部引渡されるべきものであることを知悉していながら被告会社を設立して担保物の返還の実効を阻害すべき内容の競業を開始した。

本件取引関係のように、担保権者が債務者のする担保物の売買契約に深く関与し「貴社が必要とされることは、何事につけても御協力」する旨約する書面まで作成したうえ、債務者への担保物の返還義務の不履行をすれば、買主の目的物引渡請求権が侵害をうけることが明白に認識可能であることから、担保権者の債務者に対する右債務不履行は買主に対する関係では故意に買主の債権を侵害する不法行為に該当する。

(三) 被告濱田は競業避止業務の不作為義務を免れるために被告会社を設立して競業している。すなわち、被告会社の実体は被告濱田の個人経営に等しく、強いて法人格を必要とする格別の理由がないものである。本件営業譲渡契約の契約書には被告濱田は個人として契約当事者となっていないが、これを幸いにして被告会社を設立して競業を行なつている。

(四) 被告濱田は、その代表する法人の法人格が否認される結果、行為者として責任を負う。それゆえ、被告濱田はその代表する法人である被告会社と不真正連帯責任を負うこととなる。

6  損害賠償請求について

被告濱田は本件営業譲渡契約の履行として、芦屋予備校の営業を原告に引渡し、その一環として、被告松本ほか全教職員に対する雇用契約上の権利を原告に引き継ぎながら、その直後に、前記のとおり、被告会社を設立し、原告と同一市内において、同一目的を持つ営業を行って競業の行為をしたばかりでなく、原告の右雇用契約上の債権を侵害すべき教職員引き抜き行為を行なった。これは、違法に原告の営業権及び雇用契約上の権利を侵害する不法行為に該当することのほかに、本件営業譲渡契約の履行自体を無効とする行為であって、本件営業譲渡契約上の債務不履行に該当するものである。

又、被告松本の前記の行為は雇用契約上の債務不履行であると共に、被告濱田と共に共同不法行為をなしたこととなる。

7  損害

原告らは被告らの右不法行為により次のとおりの損害を被った。

芦屋予備校には昭和六〇年度(昭和六一年二月末日現在)には六年生四一人、五年生四〇人、四年生一二人、三年生六人、合計九九人の小学生が在籍していたが、昭和六一年度(昭和六二年二月末日現在)には六年生五人、五年生五人、四年生九人の合計一九人に減少し、更に、昭和六二年度(昭和六三年二月末日現在)には六年生、五年生各七人合計一四人に減少した。

このように、生徒数が減少しても教師数は減らすことはできないので、教師に対する給与支出は各年度とも必要であった。昭和六一年度は給与支出のみで約二八八万円の赤字であり、同六二年度は同じく給与支出のみで約一九八万円の赤字であって、実際にはその他一般諸経費の支出があるのでさらに赤字幅は増大する。その詳細は別紙(一)記載のとおりである。

これを前記営業譲渡時の当期とその前期を対比してみると、別紙(二)記載のとおりとなる。これによると、営業は順調な伸びが期待できたのである。

それゆえ、前記被告らの不法行為がなければ、右のような減収となるはずはなかったのであり、昭和六一年度、六二年度の二年間において、少なくとも、昭和六〇年度の小学生の部の年間利益一〇五八万四〇〇〇円相当額の損害を受けた。

8  よって、原告は、被告会社及び同濱田に対し、兵庫県芦屋市において小学生、中学生及び高校生の学習塾の経営をしてはならないこと、被告濱田及び同松本に対し各自の債務不履行又は共同不法行為による損害賠償として、とりあえず昭和六一年度、六二年度の二年間分を請求することとし、連帯して一〇五八万四〇〇〇円及びこれに対する請求の日の翌日ないし不法行為の日の後日である昭和六一年六月三日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。

同4(一)の事実中、被告濱田が本件営業譲渡の代金決済後四ヵ月目頃に被告会社を設立し、被告会社が同一市内で、一〇〇メートル余の場所に譲渡会社と同一の営業を目的として学習塾を開業したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同4(二)の事実中、被告松本がもと原告の従業員であったこと、一部の生徒に手紙を渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同5(一)の事実中、原告主張の日に被告濱田が芦屋予備校に対する債権の弁済を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同5(二)、(三)、(四)の各事実はすべて否認する。

同6の事実は否認する。

同7の事実中因果関係は否認し、その余の事実は不知。

同8の主張は争う。

被告濱田は本件営業譲渡の譲渡人ではなく、芦屋予備校のもと代表者奥野から債務の担保として同人の持つ同予備校の出資持分を譲渡担保に供してもらったことはあるが、同予備校の営業自体を譲渡担保にしてもらったことはない。

原告はすでに小学生の部は営業していないので、被告会社の営業とその限りで競合することはない。

被告松本は、原告が利益追求に走り、夜間の教室の使用さえも経費節約のために制限したので生徒無視の経営方針に反発を感じて、自らの意思で退職したのであり、被告濱田の引き抜き工作はなかった。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件営業譲渡後の被告らの行為とそれが原告の営業に与えた影響について検討する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告松本は、本件営業譲渡前の芦屋予備校時代から小学生の部の中心的で有能な教師であり、本件営業譲渡に伴い原告との雇用契約が生じたものであるところ、原告の営業時代になって、経費節約のため夜間の教室使用さえ制限するなどの措置がとられたため、生徒無視の行為として反発を覚えて、本件営業譲渡の約四カ月後昭和六一年二月初め頃、退職の意思を固め、被告濱田に新たな別の塾の設立を提案した。被告濱田はその頃自己の子供が被告松本に教わっていたこともあって、これを承諾し、これを直ちに実行に移すことになった。被告松本は原告の従業員で教師であった中野正司、事務員であった植田悦子を誘い新設の塾に参加してもらうことにした。他方、被告濱田は新会社設立に奔走して同年二月一五日に被告会社を設立した。被告松本は同年二月四日に原告に対し退職の意思を表示した。

2  被告会社は小学生、中学生及び高校生の学習塾の経営等を目的とし、前記肩書住所地に本店を置き、原告と同一市内で一〇〇メートル余離れた場所に位置しており(この事実は当事者間に争いがない)、被告濱田及びその同族をもって役員とした所謂同族会社である。

被告らは、右中野、植田を迎え、小学生の部小学三ないし六年生の生徒募集を試みることとし、被告松本がパンフレットを作成し、自ら被告会社の「塾長」と称する名刺を作成し、併せて開業の挨拶状も作り、同年二月中旬、原告所属の生徒及びその父兄を含む小学生を持つ知り合いの父兄宛これらを送付し、同月二一日、三月四日にはこれらの人を対象に説明会を開催した。被告濱田はこれを承認し、又はこれに関与し、さらに挨拶状の発送には自ら携わった。

3  他方、原告は本件営業譲渡後芦屋予備校の営業をそのまま継続し、昭和六〇年度までは従前同様の営業成績をあげたが、同六一年度即ち昭和六一年二月からの年度においては、小学生の部においては教師が一人となり、生徒数は昭和六〇年度(昭和六一年二月末日現在)には六年生四一人、五年生四〇人、四年生一二人、三年生六人、合計九九人の小学生が在籍していたが、昭和六一年度(昭和六二年二月末日現在)には六年生五人、五年生五人、四年生九人の合計一九人に減少し、更に、昭和六二年度(昭和六三年二月末日現在)には六年生、五年生各七人合計一四人に減少し、従来のような営業成績をあげることができなくなった。

4  なお、被告濱田は、もともと貸金の保全のために代表取締役に就任したので、芦屋予備校の業務の中の経理関係を主に取り仕切り、借金の返済を受ければ何時でも代表取締役を辞任し、出資持分を返還するという気持でおり、その旨関係者に洩らしていた。

二以上認定の事実に基づいて、順次、差止請求権、損害賠償請求権の成否について検討する。

1  差止請求権について

原告のこの点に関する主張は、被告濱田が営業上に何らかの担保権を有していたというのか、単に営業を担保的に把握していたというのか明らかではない。右認定の事実に基づいてみると、担保権を有していたことを認めることはできず、本件全証拠によってもこれを認めることはできないが、被告濱田が当時芦屋予備校に対し有していた八〇〇〇万円余の貸金の弁済確保のため代表者奥野より出資持分(総出資口数の八〇パーセント)を譲渡担保として提供を受け、その代表取締役になり、その営業を担保的に把握していたということは認められ、被告濱田は本件営業譲渡に際して、芦屋予備校に対する債権の一部である八五〇〇万円の弁済を受けることにより、右出資持分を奥野に返還し、芦屋予備校の代表取締役たる地位を去ることを、原告に対し約し、かつ現にその約束を実行したことが認められる。

そこで、このことを前提として検討する。

一般に、有限会社の出資持分上の譲渡担保を取得し併せて自ら代表取締役となって営業を担保的に把握している者が、営業譲渡にあたり譲受人に対し出資持分の譲渡ないし代表取締役の辞任を約した場合には、単にそのことだけから、右の者が競業避止義務を負担することを認める法的根拠を見出し難い。しかしながら、右の場合において、営業譲渡による競業禁止を定める商法二五条を類推適用しかつ法人格否認の法理に従い、その者が得意先関係、仕入関係その他の事実関係を支配し、かつ営業の主体たる会社等の法人格を濫用するなどの事情があれば、競業避止義務を負担すると解することができる。

そして、右の者が競業避止義務を負担する以上、その者が自ら競業するときだけでなく、いわゆる同族会社を作ってこれを支配して同会社に競業行為をなさしめるときでも右競業禁止にふれて許されないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記認定の事実によると、被告濱田は、代表取締役就任後約一年で解任されて、これがもとで紛争を生じて職務代行者選任の仮処分となり、実際上の代表取締役の仕事をした期間は約一年にすぎず、かつ自己の資金に関係の深い経理を取り仕切っていたにすぎないのであるから、このような被告濱田は芦屋予備校の得意先関係等の事実関係を支配できる地位にあったとは到底いえない。そのうえ、被告濱田に芦屋予備校の法人格を濫用したことを認めるに足りる証拠はない。それゆえ、その余の点につき判断するまでもなく、被告濱田が競業避止義務を負うものとはいえない。

又、乙第三号証(甲第三六号証)の「貴社が必要とされることは、何事につけても、御協力」する旨の記載は、原告代表者及び被告濱田の各本人尋問の結果によると、被告濱田が芦屋予備校の経理に関与していたことから、この引き継ぎに協力する趣旨であり、営業譲渡に伴う競業避止義務まで含むものではないことが認められる。

当裁判所は、不法行為に基づく差止請求権はこれを認めるべきでないと、解するのでその点の原告の主張はそれ自体失当である。

2  損害賠償請求権について

以上認定判断によると、被告濱田の営業譲渡契約上の債務不履行は認めがたく、又、被告松本に対する雇傭契約上の債務不履行による損害賠償の請求も後記のとおり認められないので、ここでは不法行為による損害賠償請求権の成否について検討する。

前記認定のとおり、被告濱田及び同松本は共同して原告の営業を著しく侵害したものであるところ、被告濱田はなるほど本件営業譲渡の際には仮処分中で譲渡会社における地位が未確定ではあったがそれは当時仮処分の相手方である山崎聖玉と何れが代表取締役であるかが確定していないという程度のものであったのであり、本件営業譲渡契約の席には自ら立会していたのであり、その直前まで僅か約一年の期間とはいえ代表取締役の地位にあったのであり、被告松本の力量を知っており、近くで被告松本と共同して同種営業をしたならば原告に損害を与えるであろうことは十分に知っていたし又知りえたのであり、それにもかかわらず原告の教室の近くで同種営業を始め、被告松本をして原告所属の生徒又はその父兄らを勧誘するなどの行為をさせ、他方被告松本も自らの力量を知り、被告濱田同様に原告に損害を与えることを予見し又予見できたのに、右のとおり自らの営業行為をし、又その一環として原告に対する営業妨害行為をしたのであるから、右原告の受けた営業損害と右被告らの行為の態様とを相関的にみると、右営業侵害行為は正常な営業行為の範囲を逸脱する違法なものであるというべきである。そして右のとおり右被告らはいずれも故意少なくとも過失によって共同して原告の営業を侵害したのであるから、右被告らの行為は共同不法行為にあたるものというべきである。

それゆえ、同被告らは共同不法行為者として各自原告に対しこれによって生じた損害を賠償すべきである。

なお、右認定事実によると、被告濱田が同松本及び右中野、植田を引き抜いたことは認められないので、原告の雇用契約上の債権を侵害したものとはいえない。

又、弁論の全趣旨によると被告松本と原告との間の雇用契約上の期間の定めがなかったものと認められるので、前記認定の退職の意思表示をした昭和六一年二月四日から二週間経過した同月一九日に右意思表示の効力が生じたものというべきであるところ、前記のとおり被告松本は未だ原告の従業員たる地位にあった同年二月一九日より前から新しい塾の設立及びこれに伴う生徒募集などの行為をしたのであるから、少なくとも右二週間余の期間は雇用契約上の誠実義務違反など債務不履行の行為をしたことになる。しかし、後記の損害は昭和六一年二月初め頃から二年間にわたってなされた競業行為等によって生じたものであり、右の二週間余の債務不履行と後記の全損害との間に因果関係を認めることはできない。

三損害について

以上認定の事実、証人井上修の証言、原告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は被告らの右不法行為により、小学生の部の生徒の数としては前記認定のとおりに減少したこと、原告の営業成績は本件営業譲渡の日の属する昭和六〇年度からその後の少なくとも二年間は昭和六〇年度に比しこれを下らないものとみられること、予備校の収益は原告の所在地においては授業料のほぼ二五ないし三〇パーセントであること、単純に教師の数を考慮にいれて計算すると、別紙(一)記載のとおりであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

原告主張の昭和六〇年度の収益は他の経費を考慮していない点で妥当を欠くが、授業料の少なくとも二五パーセントが収益であるとして計算すると、昭和六〇年度で五三四万六〇〇〇円であることとなり、これの二年分とすると、一〇六九万二〇〇〇円となり、原告主張の昭和六一年六二年の二年分の損害額一〇五八万四〇〇〇円を上まわるので、原告が右不法行為により被った損害額は右二年間で少なくとも右原告主張の金額であるということができる。

四以上の次第で、被告濱田及び同松本は各自原告に対し、共同不法行為による損害賠償として、一〇五八万四〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後日である昭和六一年六月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金を支払うべき義務があるものというべく、又被告会社及び被告濱田は原告に対し差止請求に対応する競業避止の義務を負うものとはいえないので、本訴請求中の損害賠償請求の部分は付帯請求の率を年五分とするほか理由があるとして、その限度で認容し、その余を棄却することとし、差止請求の部分は失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告濱田及び同松本の連帯負担とし、又被告会社には負担させないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東孝行 裁判官近下秀明 裁判官鹿戸優子)

別紙(一)、(二)〈省略〉

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